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ぐるり

いつもお引き立ていただき誠にありがとうございます。皆様のおかげで35周年を迎えることができ、感謝の気持ちでいっぱいです。

ここで、この35年を振り返り大雑把に5年ごとに①から⑦にわけて、少しお話をさせていただきたいと思います。

  • 1984年から1989年頃

北石堂町と言う長野の中央通りから離れたところに、8坪で家賃55,000円の店をオープンしました。東京のメーカーには会社の駐車代と同じだと言われましたが、私はそれも満足でした。

妻と2人で毎日、毎日千曲市から通って働きました。

妻の得意は、外商 DCブランドが最盛期だったので全身ワイズで、黄色い自転車に乗って、なじみの喫茶店のお客様に足しげく通って販売してくれました。

しばらくして、長男出産のため戦線離脱しました。

友達だった矢沢が入社してくれ、その後、南千歳に縁があり、移転の話が持ち上がりました。

移転した北石堂の場所を有効利用しようとして、オリヴィエと言う輸入子供服の店をオープンするも、1年ももたずに閉店「だめだったら早めに止める事」「オレは、レディースしか勝負の道は無い事」を知りました。

  • 1989年から1994年頃

南千歳に移転した後、しばらくして、宮下  豊岡が入社し、錦町通りにサザンクロスビスもオープンし、半地下の店サザンクロスネイビー、後のサザンクロスを開店し、更に、ピエスモンテの販売代行もこの時期始めました。

世の中、まさにバブル景気の真っ只中でした

10周年のイベントを戸隠のペンションで行いましたが参加された方もいらっしゃるのではないでしょうか?

  • 1994年から1999年

株式会社サザンクロスを設立しました。屋代店も同じ頃オープンしました。

インポートの厚底のブーツが飛ぶように売れ、トータルで500足ぐらい売れて毎日のようにメーカーに電話をしていたことも思い出します。

  • 1999年から2004年

篠ノ井店もオープンしました。夏の終わりの残暑の厳しい日だったのでメーカーから大量に贈られたお祝い花が半日で全滅してしまいました。教訓「お祝いは花よりもご祝儀で…」なんちゃって

⑤2004年から2009年

長野、篠ノ井、屋代の3店舗体制が続きました。

手書きチラシでこの「ぐるり」もデビューしました。

チュニックがロングヒットとなり、洋服の着方が大きく変わりました。

サザンクロスお得意の「重ね着」を確立し、パワーアップした頃です。でも私自身は個人的に3年ぐらいプチ鬱に悩んだ時期でもありました。厄年ってあるんだなぁとつくづく感じました。

⑥2009年から2014年

千曲店オープン!!

一世一代の大勝負が始まりました。

妻の「子供たちに背中を見せよう!」と言う一言で奮い立ちました。尊敬する5人の叔父達には、口々に「浩ちゃん羨ましいなぁー」と励まされました。亡き父にも背中を押された気持ちでした。

1984年に店を創業した時と同じエネルギーが湧き出てきました。

今ライフ店で活躍中の堀内もこの頃入社してもらいました。

⑦2014年から2019年

千曲店もビーラインとともに5年ほど経過した後、長男雄太も結婚の後参入してくれ、しばらくして次男淳平も加わってくれました。

この街も35年の間に大きく様変わりし、洋服を取り巻く環境も激変しています。

サザンクロスの主要メーカーも一夜にして解散・廃業・倒産と言うことも日常茶飯事的に起こります。

サザンクロスは亀のようにゆっくりゆっくりとしたあゆみですが、「少しでも、皆様のお役に立ちたい、少しでもよろこんでいただけるような品物を提供したい」をスローガンにセレクトショップとしての道をスタッフと共に模索していきたいと思います。

                           代表   島田浩一